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コラム

2020.06.02

ドイツビールと六芒星(ヘキサグラム)の意外な関係

森本 智子 森本 智子

中世ドイツの修道院を舞台に繰り広げられる、ビール醸造にまつわるミステリー『ビールの魔術師』(原題:Der Bierzauberer)。翻訳を担当する森本智子さんが、同作品を翻訳すべくクラウドファンディングを行っています。今回は、『ビールの魔術師』にモチーフとして取り入れられている六芒星に注目。実は現在もドイツ・フランケン地方のビール醸造所のシンボルとして輝いているのです。

この絵は、ドイツ南部フランケン地方によくあるビール醸造所の看板である。ビール醸造所もその多くは、麦の穂、ホップ、モルトを出し入れする時の木製のスコップ、ビールジョッキ、仕込み釜などがその印になることが多い。

しかし写真の看板には六角形がぶら下がっている。2つの三角形を上下に合わせたものだ。この六芒星(ヘキサグラム)、ほとんどの人はユダヤの星(ダビデの星)を連想するのではないだろうか。ではビールとの関係は?

このテーマについて、フランケン地方バンベルクのシュレンケルラ醸造所6代目オーナーで醸造マイスターのマティアス・トゥルーム氏が書いた論文があるので、これを主に引用しながらお話しする。

バンベルクにある「シュレンケルラ醸造所」の吊り看板。(画像提供:Matthias Trum氏)
バンベルクにある「シュレンケルラ醸造所」の吊り看板。(画像提供:Matthias Trum氏)

時代や地域で異なる六芒星の意味合い

六芒星はすでに紀元前8世紀ごろのインドに存在し、ヒンズー教徒が男性と女性のような2つの相対するものを表すシンボルとして使っていた。紀元前7世紀にも現在のイスラエルやレバノン辺りで六芒星が使われた跡が見つかっている。古代エジプト人は死者とのコミュニケーションを表すシンボルとして、または家やかまどを守るシンボルとして用いた。その後アラビア世界では、オーナメントの紋様や火と水を表す錬金術のシンボルに、さらに3世紀から6世紀頃に始まったと言われるユダヤ教のカバラでもそのシンボルとなる。

錬金術、カバラはヨーロッパへ伝えられ、当時の宗教や学問に影響を与えたが、その時この六芒星もそれらのシンボルとして伝わった。錬金術もビール造りも鍋をかき混ぜて何かを作り出すところが、何か魔法のようで互いに似て見えたのかもしれない。このため、フランケン地方のビール醸造所の六芒星が錬金術に由来するという説はよく見かけるが、トゥルーム氏は、これは後世の後付けであるとし、六芒星の護符としての役割・意味合いがシンボルに取り入れられた理由だとしている。

錬金術は当時ヨーロッパ各地で知られていたし、ビールもヨーロッパ各地で作られていた。だが、六芒星がビール醸造所のシンボルとして使われているのは、フランケン地方だけである。

中世ヨーロッパでも六芒星(や五芒星)は、古代エジプトのように悪魔や火事から守るための神秘的シンボルと捉えられていた。直火を扱う醸造職人の仕事は火事の危険と隣り合わせであり、醸造職人同様、火に接する他の職業にも六芒星が使われていた。煙突掃除などがその例である。

ドイツにおける六芒星は“火災から守る”象徴

上の絵を見ていただきたい。これも1437年に描かれたビール醸造職人の絵である。ここにはビール醸造所の看板として、格子がぶら下がっている。この絵はフランケン地方の中心地ニュルンベルクで描かれたものであるが、この地方のビール醸造業の守護聖人は聖ラウレンティウスである。彼は生きたまま鉄格子の上で火あぶりにされ殉教した、火災から守る保護者でもある。この絵の格子を、聖ラウレンティウスのシンボルと解釈できるのではないか、というのがトゥルーム氏の説である。

そう考えると、火災から守ってくれる聖ラウレンティウスをビール醸造家の守護聖人とするフランケン地方で、火災から守るシンボルの六芒星と聖人ラウレンティウスが火あぶりになった格子を象ったものがビール醸造所の印として使われていた、というのは辻褄が合う。

さらに六芒星がユダヤ人の星、いわゆるダビデの星として知られるようになったきっかけとしては、次のような説がある(ユダヤ研究者ペーター・フライマーク教授の論文より)。

中世ヨーロッパで最大規模と言われるユダヤ人コミュニティがあったのはチェコの首都プラハである。ここで最初に六芒星がユダヤ人コミュニティのシンボルとして使われたのは1350年ごろであり、ニュルンベルクでビール醸造所のシンボルとして六芒星が登場するのが1425年のこと。

ニュルンベルクは近世まで帝国自由都市であった。神聖ローマ皇帝カール4世(1316~1378年)は、プラハ生まれのチェコ人の血を引くボヘミア王でもあり、ニュルンベルクとプラハは彼の統治下にあった。互いの距離も比較的近く、様々な交流が両都市の間で行われたのは想像に難くない。

カール4世の治世時のニュルンベルクではユダヤ人は保護され、皇帝に仕える者たちもいたが、1348年のペスト蔓延をきっかけに起こったユダヤ人迫害を皇帝は阻止できず、プラハでは迎え入れられたため、ニュルンベルクからかなりのユダヤ人がプラハへ移住したと考えられる。そこでコミュニティを形成し、そのシンボルとして六芒星を使うようになったのではないか。

ここからトゥルーム氏は、元々中近東由来の六芒星は火災から守るシンボルとしてフランケン地方として伝わり、この地ではそのままビール醸造職人の印として定着し、一方ユダヤ人と共にプラハへ持ち込まれてからは、彼らのアイデンティティを示す印となり、その後世界にユダヤの星として知られていったのではないかと推察する。

プラハのユダヤ人コミュニティは大きく比較的自由であったため、ヨーロッパ各地への行き来も多々行われたであろうし、プラハはヘブライ語の書籍出版の中心地でもあったため、六芒星を表紙に施したヘブライ語の書籍を商人たちがヨーロッパ各地で流通させたことが、六芒星=ユダヤ人のイメージを広める一因になったかもしれない。

自然、そしてビールの原材料を表す六芒星

現在、ビール醸造所のシンボルとしての六芒星-ドイツ語でBrauerstern(ブラウアーシュテルン)と呼ぶが-の解釈はこうである。2つ重ねた三角形の一つは自然のエレメント、つまり火、土、空気を表し、もう一つはビールのエレメント、原材料である水、大麦、そしてホップを表すというものだ。

フランケン地方以外でこの六芒星をビール醸造所のシンボルとしてよく見かけるのは、フランケンの東に隣接するオーバープファルツ地方である。ここでは1400年以前から独自の伝統でコミューンブルワリー(町、村など共同体で運営する醸造所)が存在する。住民権や家を持つなどの条件を満たした人がここで自分の家で飲むビールを造ることができた。またここで作られるビールをZoigl(ツォイグル)と呼ぶ。指し示す物(=ビールがあることを知らせる印)を意味するZeiger(ツァイガー)のこの地方の方言である。 

オーバープファルツ地方の典型的なツォイグル(画像提供:Jürgen Böhm氏、Zum Bürstenbinder)
オーバープファルツ地方の典型的なツォイグル(画像提供:Jürgen Böhm氏、Zum Bürstenbinder)

ビール醸造職人への成長過程で起こったことは…。日本語訳クラウドファンディング受付中!

さて、前置きが長くなったが、この「醸造職人の星(Brauerstern)」をモチーフに取り入れた小説がある。2008年ギュンター・テメス作、『Der Bierzauberer(ビールの魔術師)』だ。13世紀のドイツを舞台に、貧農の息子である主人公が一人前のビール醸造職人を志し、その修行と波乱万丈の人生を描いた物語。修行先を変えながら醸造職人として、また実業家として成長していく主人公ニクラスに、思いがけない困難や生涯つきまとう敵が現れる。中世っぽいミステリーチックな要素も加わり、母国ドイツではビール好きだけでなくミステリーファン、中世小説好きにもアピールし好評を得た作品だ。

小説なのでもちろんストーリーはフィクションなのだが、作者自身が元々ビール醸造家であるため、当時のビール造りの描写は詳細で興味深い。また13世紀を選んだ理由を、「ビールの歴史にとって注目すべき時代の一つである」と言っているように、当時の史実、実在した人物がストーリー内にうまく組み込んであり、ビール醸造と当時の様子が歴史の教科書を読むより生き生きと伝わってくるところもこの作品の魅力である。

そしてこの「醸造家の星」も、作者ならではの解釈で主人公と関わってくる。この星は小説内ではどんな意味を持つのか?またこの星を持つ醸造職人はどのような存在なのか?

同作品は日本語訳出版実現に向け、6月30日までクラウドファンディングに挑戦中だ。

参考論文:
Historische Darstellungen, Zunftzeichen und Symbole des Brauer- und Mälzerhandwerks
(ビール醸造および麦芽製造職人の歴史的描写、ツンフトの印、シンボル)
Matthias Trum(マティアス・トゥルーム)2002年

森本 智子

福島県いわき市出身。ドイツ在住11年。帰国後ドイツ農産物振興会日本事務所マーケティング担当を経て独立。ドイツ食品・食文化に関連する仕事をしている(翻訳、イベントコーディネート、輸入サポート、ドイツ視察ツアー企画など)。2011年ドイツ、ドゥーメンスアカデミーにて日本人初のビアソムリエ資格を取得。