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コラム

2015.12.16

連載:文脈で読み解くビール考01/「“うちの”スタウト」と彼は言った

沖 俊彦 沖 俊彦

ビアスタイルは絶対ではなく、歴史の記述。過去の枠組を知り、それに収まらない創造性をリアルタイムで感じる幸せ。クラフトビールは過去から、まだ名前の無い未来へと向かっている。CRAFT DRINKS 運営責任者である沖 俊彦がビールをあらゆる切り口で考察する連載、第一回目。

「ビアスタイル」の解釈に首をかしげる

近年、クラフトビールが本当に流行しています。ビール祭りは全国各地で多数開催され、今年の夏にはクラフトビール本や関連書籍もたくさん出ました。そこでは「ビアスタイル」についてよく語られていたのですが、ちょっと首をかしげることがありました。

ビアスタイルというものは、人間が恣意的にビールを分類して名前を付けたものです。言ってしまえば「歴史の記述」。それはとても大事なことなのですが、決して現在進行形ではありません。あくまでも「過去の編纂」です。クラフトビールはリアルタイムでアグレッシブに進化し続け、常に新しいものが生まれています。過去の視点ではどうしても捉えきれないものが発生してしまうのです。

ドゥ ランク醸造所「ノワール ドゥ ドティニー」(アルコール度数8.5%)
ドゥ ランク醸造所「ノワール ドゥ ドティニー」(アルコール度数8.5%)

私にそんなことを気づかせてくれたビールがあります。それは、スペックやら能書きなどどうでもよくなってしまうほどの衝撃的な経験でした。ベルギーの「Brouwerij De Ranke "Noir De Dottignies"(ドゥ ランク醸造所 ノワール ドゥ ドティニー)」という、ビアスタイルで言えば「スタウト」です。

ドゥ ランク醸造所は加工したホップは使用せず、生ホップだけでビールを仕込みます。そのため、ビールはとてもフレッシュなホップの香りを持ち、苦味も鮮烈。スタウトであるノワール ドゥ ドティニーもホップの風味を生かすよう仕上げてあるのでしょう。ホップの苦さと焦げ苦さとが共存するスタウトは、今まで経験がありません。「スタウトらしさとホップ苦さが同居する、稀有なスタウト」だと思います。


「スタウト」にどんなイメージ持ってますか?

スタウトと一口に言っても、世界には色々な種類があります。「BJCP(Beer Judge Certification Program )2015年版」に準拠すると、アイルランド発祥の「Irish Stout(インペリアル スタウト)」に始まり、「Irish Extra Stout(アイリッシュ エキストラ スタウト)」、ブリティッシュスタイルとして「Sweet Stout(スイート スタウト)」、「Oatmeal Stout(オートミール スタウト)」、「Foreign Extra Stout(フォーリン スタウト)」など。アメリカだと「Imperial Stout(インペリアル スタウト)」も流行っていますし、最近では「Tropical Stout(トロピカル スタウト)」なんていうものもあるそうです。

概ね共通するポイントとしてはSRMが40ほどと高く、IBUが最大でも40〜50程度であるということ。黒に近い、かなり濃い色味です。IBUが100を超えるようなIPAが流行する昨今、IBU40程度というのはそれほど苦くない部類になるのかもしれません。基本的には苦味はそれほど強くなく、モルティな風味が支配的になると思います。

「スタウトは苦い」と思われる方もいらっしゃると思います。そうなのです、苦味はちゃんと感じます。しかし、ビールの苦味はホップによるものだけではありません。一つはホップ由来の苦味、そしてもう一つは焦げに由来する苦味です。前者はホップによる草っぽい苦味、後者はコーヒーやエスプレッソなどを思わせる焦げた風味の苦味と言えば分かりやすいでしょうか。通常、スタウトは焦げ苦さが中心であり、ホップによる苦味は表に出てきません。BJCPにも「スタウトはそういうものだ」と書いてあり、私たちの認識もそうです。

スタウトの枠からはみ出したノワール ドゥ ドティニー

しかし、ドゥ ランク醸造所のノワール ドゥ ドティニーはその範疇には収まりません。アルコール度数からすればインペリアル スタウトではないか? とおっしゃる方もいらっしゃると思います。作り手にその点を率直に尋ねてみたところ、彼らはこう言いました。「“うちの”スタウトだよ」と。

その言葉を聞いて、思わずハッとしました。私たちの多くは「すでに当たり前とされることを疑う」ことをしません。それがビアスタイルの場合、「スタウトは焦げ苦いものだ」という常識や既成概念を敢えて疑うことはなかなか難しい。スタウトにホップ苦さと焦げ苦さを共存させてみようと考えること自体、ましてそれを実現するに至っては並大抵のことではないでしょう。その意味で、ノワール ドゥ ドティニーは正に常識を超越したオリジナル。既存の枠組みを軽々と越え、作りたいものを作るというスタンスには、ただただ感動するばかりです。

語弊を恐れずに言えば、「ビールがスタイルとして認識されたらもう古い」とすら私は思います。「まだ名前のないものを作る」というクリエーションがドゥ ランク醸造所にはあり、絶妙のバランスでそれを実現させてしまった彼らの深いイマジネーション、そして経験に裏打ちされた高いテクニックに心から敬服します。新しい地平を見せてくれたノワール ドゥ ドティニー、これをベルギーから遠く離れた日本で味わえる幸せを、深く噛み締めるのです。 

沖 俊彦

CRAFT DRINKS運営責任者。1980年生まれ。都内酒販店にて「欧和」の担当を務めた後、2012年大月酒店に移籍。2015年「CRAFT DRINKS」を立ち上げ現在に至る。ビール品評会審査員も務め、セミナー講師も多数。セミナーや勉強会も開催。詳細やお問い合わせはtoki@craftdrinks.jpへご連絡ください。CRAFT DRINKS BLOGCRAFT DRINKS FACEBOOK