コラム
2016.02.12
連載:文脈で読み解くビール考05/交際を決めるなら、このビールの感想を聞いてから!
クラフトビールは実に、多様性に富んでいます。優れたビールは皆、醸造家の思想やイマジネーションを反映しているもの。しかし、醸造家も人間です。創造性と紙一重のところに洒落や遊び心もある。それを理解しようとがんばることも大事ですが、ジョークが通じない大人はつまらない気がします。遊び心を持つビールは、柔らかい頭と広い心で楽しみたいなぁと思うのです。
“頭の柔軟性”を測るビール
気になる彼とのお付き合いを迷っている、女性ビール愛好家に朗報です。彼の頭の柔軟さを判断する良い実験方法をお教えしましょう。なに、難しいことではありません。スコットランドのブルワリー「BrewDog(ブリュードッグ)」の「Tactical Nuclear Penguin(タクティカル ニュークリア ペンギン)」を飲ませて感想を聞く。それだけです。
もし、彼が偉そうに「美味い」とか「不味い」とか言ったら、「あら、ユーモアのかけらもない人ね、うふふ」と心の中で笑ってやればいい。このビールは、楽しくお付き合いできそうか、人となりが判断できるお酒なのです。
小さなテイスティンググラスに注ぐと、深い井戸の底を見つめるような遠近感のない完璧な黒。光も吸収してしまいそうな液体が、沈黙を守っています。グ...
蒸留せずに高アルコール度数を実現した醸造酒
タクティカル ニュークリア ペンギンは、ウイスキー樽熟成のスタウトを、特殊な方法でアルコール度数32度まで高めたビール。2009年の発売当時、世界最強度数のビールとして有名になりました。
その、度数を高める方法が特殊なのです。水とアルコールそれぞれの凍る温度の差を利用した「アイスボック」というドイツ発祥のビールを作る方法。0度では水分だけが凍りアルコールは液体のままなので、凍った水の部分を捨てることで水分を減らし、ビールのアルコール分を徐々に高めていきます。蒸留せずに32度という高アルコールを実現する、実に面白いやりかたです。
普通ならやりません、普通ならね
ブリュードッグでは、アイスクリーム工場を借りてタクティカル ニュークリア ペンギンを作ったそう。アイスクリーマーにビールを入れて、くるくる回転しながら凍っていくさまを真剣に眺め、ちょっと凍ったら削り、またちょっと凍ったら削る……の繰り返し。スコットランドのいかついビールオタクのオッサンがアイスクリーマーにへばりつき、ちまちま作業している様子が目に浮かびます(笑)。
普通の人ならこんなに面倒なことはしませんね。元々樽熟成ビールそのものが貴重だし、アイスボック製法は更に手間がかかり、出来上がる量も極端に少ない。「原材料費も高くつくし、発売価格は相当高くしないと……。でも、売れなかったらどうしよう」とか不安になりそうなものです。「なぜ俺は今、アイスクリーマーを延々とくるくる回してるんだ?」とふと我に返る瞬間があったかもしれません。
タクティカル ニュークリア ペンギンのことを思う時、「ビアギークのオッサンはアホだな」とせせら笑うのでなく、頭を柔らかくして彼らがビールに注いだ情熱を受け止めたいと、私は思うのです。
彼らは、普通じゃないんです。「できるからやってみよう。ていうか、やりたいし」という子供のような発想から始まっているのだから。手間や効率、必然性なんか一切関係ない。世界一度数が高いビールを造ってみたい。じゃ、やってみよう。どうなるかはわからないけれど、やれば結果が出るんだから心配いらない。出たとこ勝負。ま、美味しいのができたらラッキーだ。そんなノリと勢いで始まったのだと想像します。
そんな、ある意味壮大な「大人の遊び」を飲み手がビールの液体からイメージできるかどうかは、飲み手として結構大事なことではないでしょうか。
感想として求めたいのは……
要するに、このビールをまじめに飲んだらバカを見るわけです。ビールオタクのオッサンの子供じみた思いつきであり、大の大人が本気出して遊んでみたものなのだから。究極的なおいしさや品質を突き詰めることとはまったく違うベクトルです。悲劇的ではなくて、コメディ的と言いますか。
このビールを飲んで偉そうに美味いとか不味いとか言う人がいたら、私は残念だと思ってしまいますね。私が求めたい反応は「バカが本気出すと面白いねぇ」です。それくらい、ゆるーく考えた方がビールは面白いと思う。あまり論理的にガチガチで対峙するとすぐにつまらなくなります。真面目なのは結構なのですが、ジョークが通じない大人はモテませんよ。
女性の皆さん、もしかしたらあなたの気になる彼がタクティカル ニュークリア ペンギンを飲んだら、「うーん、やっぱり最高に美味しいね」とか言ってしまうかもしれない。前述のように「うふふ」と笑ってもいいですが、一緒にいるあなたがせっかく勧めてくれたお酒だからとがんばって煽ってしまったり、緊張のあまり気取った発言をしてしまった可能性もあります。くれぐれも早合点して見捨ててしまうことのなきよう。そのあたりは、自己責任でお願いします(笑)。
沖 俊彦
CRAFT DRINKS運営責任者。1980年生まれ。都内酒販店にて「欧和」の担当を務めた後、2012年大月酒店に移籍。2015年「CRAFT DRINKS」を立ち上げ現在に至る。ビール品評会審査員も務め、セミナー講師も多数。セミナーや勉強会も開催。詳細やお問い合わせはtoki@craftdrinks.jpへご連絡ください。CRAFT DRINKS BLOG/CRAFT DRINKS FACEBOOK
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スコットランド北東部に位置するフレザーバラに2007年4月にオープンにしたクラフトブルワリー。スコットランド産のモルトを使用し、品質にのみ重...